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五十肩でも肩腱板断裂でもない方へ


<検査で異常がないと診断されたのに肩の痛みが続く方のために>

 

【はじめに】

 
『レントゲンやMRIで特に異常がありません』 と医師に診断を受けたのに肩の痛みがずっと続く方はおられないでしょうか。そのような方のために、上腕二頭筋腱損傷という病気があることをお伝えします。
 
肩の病気の中で有名な病気は50肩であり、肩腱板断裂という病気も、テレビで放映される医療情報番組や医学に関する情報媒体(雑誌、広告など)でとりあげられることが増えてきて、世間でも認知されるようになってきました。
 
肩の痛みがずっと続くから、認知度のあがってきた肩腱板断裂ではないかと思って病院に受診し、MRI検査を受けた後に整形外科の医師から、『MRIでは腱が切れていることもなく、異常がありません。50肩でしょう。痛みは一過性の可能性が高いから、お薬と湿布をだしておきますので、しばらく様子をみてください』 といった事や、『肩の体操の指導箋をお渡しします』、あるいは『病院でリハビリをしましょう』 と言われ,自主運動や病院でのリハビリを続けられます。しかし、肩の痛みはとりきれないために、私の外来にこられる方が結構な頻度でおられます。
 
ここでは、そのような、他院で注射やリハビリといった治療をうけてこられましたが症状が改善せずに、上腕二頭筋腱損傷が主な原因で肩の痛みが続く方の私の経験(診察の見立て方、保存療法や手術療法の方針)をお伝えします。
実際に手術をした患者様として、ここでは私の実の母の例をとりあげます。この項目は、レントゲンやMRIで特に異常がない、肩腱板断裂もありませんと医師に言われたのに肩の痛みが続く方の参考になると確信しております。
 

『上腕二頭筋腱とは』

 

上腕二頭筋腱
 
肩関節の模型

 
『上腕二頭筋』とは力こぶの筋肉のことです。
この筋肉は肘を曲げることの他に肩関節の動きも助けます。上腕二頭筋は腱となり、一方は肩関節に、もう一方は肘関節に付着します。肘から肩にかけて付いていて、肩側では「長頭腱」「短頭腱」の2本に分かれます。「長頭腱」は結節間溝(肩関節の上腕骨頭にある骨のくぼみ)という骨の形状上狭い溝のように陥没したところに位置するため摩擦による影響を受けやすく「短頭腱」よりも負担がかかりやすいといえます。
『上腕二頭筋腱損傷のおこる仕組み』
・肩関節唇損傷が生じると上腕二頭筋長頭にも負荷がかかる
・棘上筋腱や肩甲下筋腱損傷が引き金となり、上腕二頭筋腱に負荷がかかる
 
主にこの2つのことがきっかけでおこります。
 

さらに詳しくご説明いたします

 

上腕二頭筋腱損傷のおこる仕組み

 
上のイラストをみてください。
結節間溝をとおる上腕二頭筋腱長頭は関節内にはいり、関節唇と結合します。この関節唇は関節窩という肩甲骨の一部(上腕骨頭の受け皿)の骨に、ぴたっと付着する軟骨です。関節唇が関節窩からはがれる(損傷)すると上腕二頭筋腱にも負担がかかります。上腕二頭筋腱に悪影響を及ぼす、結節間溝での動きが不自然になる。そして不自然が続くと、溝での摩擦が強くなり、腱がいたんでしまう。という流れになります。
 

上腕二頭筋腱損傷のおこる仕組み
 
上腕二頭筋腱損傷のおこる仕組み

 
また、関節唇損傷はなくても、腱板の一部である棘上筋腱や肩甲下筋腱が損傷すると、上腕二頭筋腱長頭の結節間溝での摩擦がつよくなり、損傷が生じる、ないしは損傷の程度がひどくなります。
 

 
上腕二頭筋腱損傷のおこる仕組み
上腕二頭筋腱損傷のおこる仕組み
上腕二頭筋腱損傷のおこる仕組み

 

発症機転

 

  • 転んで手をつく
  • 肩を激しくぶつけた
  • 車の運転席から後部座席の荷物をとる為に手を伸ばした際に肩を過伸展してしまった
  • 重量物の上げ下ろしの繰り返し

 
このようなきっかけが代表的です。
 

主要な症状

 

  • 痛みにより手を挙げにくくなるが、あがらないわけではない
  • 肩前方部の痛みがある
  • 腕を背中にまわした時に痛みが出現する
  • 腕を反対の肩にまわそうとして反対の肩にふれようとする際の痛み
  •  

 

肩がどのようになっているか

 

肩がどのようになっているか

 

診断:

 
理学所見、MRIなどで行います。MRIでは水腫がたまる像がよく見られることがありますが、MRIで結節間溝に水腫があっても疼痛がない方も沢山おられますので水腫は上腕二頭筋腱損傷があるのではという参考所見になります。

理学所見では

 
・肩前方部の痛み
・腕を後ろに回した際の痛み
・腕を反対の肩にまわそうとして反対の肩に触れようとする際の痛み
などがあるか見極めます。
 

上腕二頭筋腱損傷と診断する基準

 
・上記理学所見の三つのうちの最低一つが認められる。
・MRIや超音波エコーで上腕二頭筋腱長頭の結節間溝で水腫が認められるか、肩甲下筋腱や棘上筋腱損傷、関節唇損傷のうちのどれか一つの損傷が
認められる
・結節間溝周囲の圧痛
 
この基準を満たす場合には、上腕二頭筋腱損傷があると診断します。
 

治療(肩の病気の欄も参考にしてください)

 

保存療法

 
エコー下で、結節間溝にステロイド入りの局所麻酔剤を注射します。疼痛が軽快する場合は上腕二頭筋腱損傷が肩の疼痛の主病因(主な原因)と判断します。複数に渡り、この注射をすることで日常生活に支障をきたさなくなることはよくみとめられます。
・注射療法を併用しながら、理学療法(リハビリ)を行います。
 

手術療法

 
上腕二頭筋腱固定術をおこないます。
手術は報告されている方法はいくつかありますが、ここでは2つの方法を紹介します。
 

上腕二頭筋腱固定術


Suprapectoral tenodesis法Subpectoral tenodesisはまだどちらの術式がすぐれているか結論がついていません。しかし、上腕二頭筋腱損傷の範囲は広範囲(結節間溝下方にまでおよぶ)こともあり、Subpectoral tenodesisのほうが術後の肩の疼痛がのこらないと唱える研究者もおられます。私は現時点ではSubpectoral tenodesisを好んで行なっております。
 

上腕二頭筋腱損傷を患い、手術療法で完治した一例

 
 冒頭でもお話しましたが、私の母です。66歳の時に左肩痛が出現しました。母が肩の痛みがあってつらいと私にメールをしていた際には私はアメリカにいました。近医を受診し複数回ヒアルロン酸注射をうけ、疼痛は一時的に軽快するも残存していました。私はアメリカから留学を終え、帰国してから母を診察しました。
動き、診察所見を動画でお示しします。
 

 
この動画で、母の肩の可動域は非常によく、肩はよく動きます。しかし、ある角度で痛みが生じます。肩を外転、外旋させると痛みが強くなります。下のイラストは肩関節を外転、外旋した際の状態を示しています。
 

肩関節を外転、外旋した際の状態

 
肩前方の結節間溝での圧痛もあります。
 

画像検査結果

 
MRIでは上腕二頭筋腱長頭の結節間溝で水腫がみとめられ、肩甲下筋腱や棘上筋腱損傷も認められます。下に実際のMRIをお示しします。
 

MRI初見

 
そこでエコー下で注射を行ないました。注射の成分は1%キシロカインを3cc注入しました。その様子を動画でお示します。
 

 
注射の後は、さきほどのある角度での肩の痛み(特に肩を外転・外旋した時の痛み)は消失しました。
 

左肩が痛くてピアノも十分にひけなかった

 
私の母はピアニストです。肩の痛みがつ強い時は、頸まで痛くなると訴えていました。そして手の力を入れられないので、左手でピアノの鍵盤をしっかり押せないと言っていました。ピアノを弾いている様子を動画に納めています。段々左手の動きが緩慢になってきています。素人の私からして見れば、上手に弾いていると思いますが(笑)、母は自分のピアノに満足していませんでした。ショパンの幻想即興曲を弾いてもらいました。その時の動画はこちらになります。
 

 
さて手術を受けることを決断して、手術を私が執刀しました。その手術シーンだけ載せておきます。
 

手術シーン

 

手術内容

 
鏡視下上腕二頭筋腱固定術をおこないました。
 

鏡視下上腕二頭筋腱固定術

 

術後経過

 

  • 肩の装具は5週間つけてもらいました。
  • 入院は6週間していました
  • 手術後2か月の時点では屈曲は90度(腕が肩の高さまで)までしか挙がりません
  • 手術後3か月の時点では屈曲は他動では160度(他人が補助すると腕は頭の高さ以上)まで挙がります。しかし、自分では屈曲角度は120度(腕が頭の高さまで)でありました。

 
しかし、手術後3か月くらいになると多くの方が肩の痛みは軽くなります。母もあまり痛みを訴えなくなり、手術後4か月くらいではピアノを弾くようになりました。リハビリには通っていましたが、肩の痛みがやや可動域が完全に回復しないために通院していました。そして手術後1年でリハビリ通院を終了しました。
 

手術後5年の経過

 
手術後5年たち、とくに肩に関して問題を母は訴えておりません。診察室での動きを見てもらいます。
 

 
私が補助して肩を動かしても、手術前にある方向であった痛みもありません。
 

 
レントゲンやMRIをとりました。上腕二頭筋腱はこの手術で腱が上腕骨に固着されているのが確認されます。
 

レントゲンやMRI

 
手術後5年ではピアノがしっかり弾けます。
手術後ピアノの楽しんで弾いている姿をみていましたが、私の眼からも上手に引いているようでした。また、『ショパンの幻想即興曲』を弾いてもらいました。よろしければ、3分ほど母のピアノをお聴きください。
 

 

まとめ

 
肩腱板断裂や50肩ではなかった母の病気、聞きなれない病名である『上腕二頭筋腱損傷』 の実際の治るまでの経過を報告しました。

肩の軽快しない痛みの病気の中に、『上腕二頭筋腱損傷』 というものがあることを知っておいてください。

検査で異常がないと診断されたのに肩の痛みが続く場合の患者様への有益な情報がこの記事にはあると信じております。
謝辞:この記事の掲載を同意していただいた、私の母に感謝申し上げます。

上腕二頭筋腱断裂を処置しなかった場合


この動画の方の訴えをみてください。上腕二頭筋腱が近位側(肩の側)の上腕骨にきれていない、腱がきれっぱなしの方は上腕の激痛があるわけでないですが、疼痛がでる方がおられます。激痛でない方が多いです。
 

 

症状

・上腕がしくしくする
・腕がなんとなく力がはいりにくい
・生活でめちゃくちゃ困るわけでない

上腕二頭筋腱単独損傷(断裂)を放置した場合にこのような症状が残存します。この症状をどうとらえるかは患った方がどう感じるか、処置すべきであるかの判断材料にしてもらえればと思います。